笑いの宅急便 バックナンバー4



  1 爆笑する技術

腹の底から笑えてますか?
心理学の視点から笑いを撃つ








第17便 源に還る・・・読むこと、書くこと、笑うこと

 私が週のうちのわずかな時間を割いて子どもたちに作文を指導している国語専科教室。その教室の創設者と仲間たちの書いた本が出版された。
 
 『子どもの才能は国語で伸びる』工藤順一、他(エクスナレッジ社)
 
 「読み書きの源に還る」
 そんなトーンが本書を一貫して流れている。

この教室の講師たちは、子どもたちにこう問い続ける。
「君の目に世界はどう映っているの?君はどう感じているの?」

子どもの側から何らかの答えが帰って来るのを待って講師が言う。
「じゃあそれを書き表してごらん」

これがこの教室での作文の指導風景の基本である。

これは「世の中はこうだよ」「物事はこうなっているんだよ」とまず既存の知識を教え込もうとする従来の教育風景と鋭く対立する。

 現代人の生活にとって基本的な読むことと書くこと。
 この何気ない行為を掘り下げていくと、私たちは生きるということの本質に辿り着く。
 
 呼吸すること、食べること、眠ること、考えること、想像すること、感じ取ること、話すこと、身体を動かすこと、歌うこと、夢を描くこと、笑うこと、泣くこと、怒ること、喜ぶこと、悲しむこと・・・。
 子どもの時からずっと繰り返してきたこと。それは生きること。

そのうえで私たちは、読み、そして書く。
書くことの基本は読むことにある。

読解力とは何か?
この本では繰り返しそのテーマが問い掛けられる。
そして・・・。
 「真の読解力とは世界を再生する力である。」
 
 これが私がこの本から読み取ったメッセージである。
 
 こんな教室が成り立っているということ自体、世の中まだ捨てたもんじゃない。そんな気持ちにさせてくれる一冊である。
                                                  2005.2.4
                                               第18便に続く
 

第18便 What a Wonderful World・・・素晴らしきこの世界

 おもしろき ことも無き世をおもしろく・・・
 最近、「笑いの宅急便」の発送サイクルが早まっていることに気づかれた方もいらっしゃると思います。そもそも「笑いの宅急便」の発送の狙いは、その場かぎりの面白おかしい笑いの提供ではなくて、私たち一人一人の内面に巣食う笑いを妨げる何かから、私たちの感性を解き放っていくことにあります。

 しかし、しゃれにならないことが多いこの時代、宅急便の発送も週に1回では間に合わないようですね。こうした時代状況に応えるべく、今後も宅急便の発送のサイクルは週に1回を越えるペースになっていくことになると思いますのでよろしくお願いします。
 いかに自分の周囲にシャレになることを増やしていけるか?そういうことに真剣に取り組むのが今の時代のオシャレの最先端かもしれません。今、高円寺のあづま通り商店街界隈で流行っているのはそういうオシャレです。
 
 さて、冒頭に述べた「私たち一人一人の内面に巣食う、笑いを妨げる何か」というフレーズが気になった方もいると思います。この「何か」の正体は一体何でしょうか?結論から言ってしまうとたいていの場合は、現在の自分の実感と結びつかない固定観念あるいは認識の枠組みです。これは私がよく子どもたちに薦めるファンタジー『モモ』に出てくる灰色の男たちのように知らず知らず私たちの心に忍び寄ってきます。私が子どもたちに文章表現を指導している国語専科教室の創設者の工藤順一氏は、これを子どもにもわかるように「サングラス」と呼んでいます。このサングラスのレンズが厚くなるにつれ、人は自分の実感とかけ離れて生きるようになってしまうのです。
 
 先の宅急便でご紹介した『子どもの才能は国語で伸びる』という本の第4章は、そのサングラスとは別の窓から世界をのぞき見ることでサングラスの存在に気づくためのワークショップ(体験学習)の記録といってもいいでしょう。

 このワークショップは「静岡科学館る・く・る」において行われたものです。この科学館には、「おどろきスライダー」「まっくら迷路」「さっかくスクリーン」「さかさま世界」といった奇妙キテレツな展示物がつまっています。これは科学のおもしろさを、実際に手で触れるように体験してもらいたいという願いを込めて作られたものなのだそうです。
 ここで子どもたちが何を体験したかは、この科学館の空間展示物の設計担当者であり、私の呑み友達でもあるコバヤシさんが、その偏執狂的なまでに細やかな言語化能力で詳しく解説してくれています。

 子供たちは大人たちほど分厚いレンズのサングラスをかけているわけではありませんが、普段かけているサングラスとは異なった枠組みを通して世界と向き合うことで、これまでに気づかなかった何かに気づいたようです。彼らの書いた作文にはそれがよく表れています。
 
 なぜおもしろい体験が大切か?
 自分がこれまであたりまえと思っていた枠組みとは異なる窓から世界を覗き見る・・・。子どもたちはもともとそういう体験が大好きな生き物なのです。それはこうした体験が単純におもしろいからです。そしてこうしたおもしろい体験を何度も味わううちに子どもたちは、次第に独力で自分が学びたいことを学習する力を身につけるきっかけを掴んでいくのです。子どもという生き物は無条件に面白い体験によって育っていくものです。したがって教育現場は、新鮮で面白いことに満ち溢れているのが本来の姿なのです。
 
 子どもばかりではありません。世の中には子ども以上にひたすら面白いことが大好きな大人もいます。しかしそういう大人は大抵周囲のまともな大人にとっては迷惑な存在なので、世間のいわゆる「大人」たちは次第に自分の好奇心を麻痺させていってしまいます。
 このため、たいていの大人たちは子どもほど簡単にこのサングラスの存在に気づくことができません。しかし何かの拍子にサングラスがズレるという体験は日常の中でも結構頻繁にしています。

 例えば、お笑い芸人の一言に思わず爆笑してしまうとき、実はこのサングラスがズレるという現象が起きています。優れたお笑い芸人の芸は、ある意味このサングラスをズラす技術であるとも言えます。しかし大抵の大人は自分がかけているサングラスの存在に気づくことすらないため、芸人の提供するお笑いを受動的に消費することしか出来ずにいるのです。
 
 このことをわかりやすく言い換えると
  「頭が固いと人生の面白さを、半分しか味わえない」となります。
 
 プロの芸人の助けを借りることなく世界を新たな視点で眺めなおし、この世界の面白さや奥深さに気づけるようになったら、私たちの感受性は一歩笑いの達人に近づいたといえます。
 古い認識のコードから自由になることで、自分の感覚と世界が結びついたとき、人は自分を取り巻く世界が文字通り「ワンダフルWonderful(驚異に満ちている)」だと気づき、心の底から驚きと笑いがこみあげてくることでしょう。それは、私たちが子どもの頃に感じていた感覚と似ています。
 爆笑する技術の精髄は、いかにあたりまえとなってしまった認識のコードや固定観念から自らを解き放つかにあるのです。
                                                 2005.2.7
                                              19便につづく

第19便 おびやかされる男たち

 自分の一番大切にしたいものを口にしてしまうと殺されそうな気がする。
だから本当に大事にしたいことは、人前では言わずにそっと心の奥底に隠しておくんです。
 
 そんな風に僕に打ち明けてくれた男たちがいた。
 彼らはみな率直で鋭敏な感性を備えたそれぞれに魅力のある男たちだった。
 
 男の子はオトコになるために、一番大事な宝物を誰の目にも触れないように自分の心の奥深いところにしまいこむ。そしてほとんどの男たちはいつしかそのことを忘れてしまう。
 
  自分を騙すのが下手な鋭敏な男たちは、ある日気づいてしまう。
この世界でなんとか生きていくために、自分が目隠しをしようとしていることを。

 彼らは、並みの男たちよりも大きな苦しみを体験するかもしれないが、その分笑いの達人に近づく可能性も備えている。
 
 たとえ何もかも失うことになっても自分の一番大切にしたい何かを感じ取り、自分の言葉で語り、それを生きてみたい。
 
 オトコなら誰しも一度はそういう夢を見るものである。
 もしそれが出来たら・・・。
 
 その時は本当に腹の底から笑うことができるかもしれない。
                                                 2005.2.10
                                                20便に続く

第20便 アダムとイブ

 あるとき、知り合いの女性が「アダムは名づける力、イブは結ぶ力を表す」という意味のことを教えてくれた。

美しい表現である。

 アダムによって名づけられた者は、他から切り分けられ独立させられる。
生まれたばかりの赤ん坊が、名前を与えられることで存在を認められるように。

 誕生とは全体からの孤立を意味する。
生まれたばかりの赤ん坊は、
誕生と孤絶をワンセットで運んでくる、生の強烈さに応えるように大声で泣き叫ぶ
今、彼は「個」としての名前を与えられたのだ

 だが孤立した、「個」のままでは人は生きられない
結ぶ力を持つイブは、「子」を「個」のままにはしない。
彼はわが「コ」なのだ。

このようにして「コ」はつながりの中で守り育てられる。

アダムとイブ、二種類の力の出会いによって世界は生起する。
笑いとはアダムとイブのせめぎあいの真中に咲く花のようなもの。
                                                 2005.2.13
                                                 21便に続く

第21便 アダムの理解イブの理解

やさしい笑い

 「理解」にはたくさんの道筋がある。
 ベースになるのは、「分かる」と「解る」。
 
まずは分けることによって「分かる」理解
それはアダムの理解の仕方
アダムは天と地をわけ、見えるものと見えないものを分ける
白と黒を分け、女と男を切り分ける
そうしてアダムは世界を切り開く
アダムはロジックを駆使して世界を切り分け、解読する
それはまさに分別に関わる知と言える

一方イブは、「分かる」よりも「解る」ことで世界と交流する
それはロジックで世界を切り分けるよりも
世界の様々な謎を「解く」ことを好む
イブにとって「解ける」ことは「溶ける」こと
謎が解け、相手が理解できたときイブは相手と溶けあったと感じる
それはロジックに頼らない、感応による理解
理論家でも科学者でもない、恋人の知恵による理解

アダムの理解はヘッドによる理解
イブの理解はハートによる理解

かつて日本人は、世界と感応する術を知っていた
今よりもずっと情報の少なかった時代
イブの力が今よりもよく働いていた頃

イブの力が弱まる時代には
ロジックが、法律が、情報が重要になり
世界はバラバラに切り分けられる

こんな時代には、
日々の生活の中で、少しだけイブの力をサポートしてあげるのがいい
花を飾りその色合いと香りを楽しむ
美しい景色に目を向ける
子どもや動物ともっと一緒に遊ぶ時間を増やす
そうするとイブの力が元気になり、日々の生活にやさしい笑いを運んで来てくれる
                                                 2005.2.16
                                                 22便に続く

22便 イブの心理学

美と笑いの心理学
サイコシンセシス(統合心理学)は、イタリア出身の天才心理学者
ロベルト・アサジョーリによって創始された

アサジョーリは、ユングより10歳ほど若い
才能に溢れた研究者だった
イタリア語、フランス語、英語、ギリシャ語、ラテン語、ドイツ語からロシア語、サンスクリット語にいたるまでの言葉を
自在に操るこの若い才能に、
フロイトも大きな期待をよせていた

ところがフロイトとユングが葛藤を繰り返し
フロイトの言う精神の地下室で
心の闇の探求を続けているその最中
アサジョーリは、そっと地下室を後にした

注目すべきこと
それはフロイトが彼を破門したのではないということ
若いアサジョーリの方がフロイトの下からそっと立ち去ったのだ

地下室を後にしたアサジョーリは
一体どこに行ったのか?

なんと彼はベランダに居た

彼は言う
「地下室もいいけど僕はベランダの方が好きだな」
この言葉は奥が深い
彼は地下室の存在を知っている
それを怖れてはいない
いつでもそこに降りていくこともできる
だがいつまでもそこ(底)にひきこもろうとはしなかった

この世界には、地下室以外にもっともっと探求すべき領域がある
限りなく広く大きな可能性がある


夜の闇が世界を覆う時には
怖れることなく、闇に身を浸すのがいい

だが、やがて朝日が顔をだす
その時には、すみやかにベランダに移動して
朝の光を思い切り吸い込むのがいい

それがアサジョーリの遺した
サイコシンセシス(統合心理学)の中心的なメッセージである

自らの体系をサイコアナリシス(精神分析学)とは異なる
サイコシンセシス(統合心理学)と名づけた
アサジョーリはイブの感性を備えていた
「シンセシス」とはつなぎ、統合していく力を意味する

サイコシンセシスは
イブの心理学
人間にとって最も大切な
美と笑いが流れている
                                                 2005.2.17
                                               23便につづく

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