伊藤雄二郎のさわやか系心理学



13,蘇る神話的ビート・・・パート2 ヒット映画の深層,

ヒット映画に共通する法則とは?

 

「スター・ウォーズ」「マトリックス」「タイタニック」「風の谷のナウシカ」「千と千尋の神隠し」「ショーシャンクの空に」「Shall We ダンス?」「ET」「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ゴッド・ファーザー」「卒業」「七人の侍」

人々の心を強く捉える映画には何かがある。それは何か?これら一見バラバラに見える映画が共通の法則に基づいて作られていると言ったら信じられるだろうか?さらには映画ばかりではなく、「桃太郎」のような昔話や「モモ」のようなファンタジーさえも同じ法則を共有していると言ったら?

それが本当だとしたら一体いつ誰がそんな法則を作ったのか?
それは謎に包まれたままである。

だが古今東西の神話、ファンタジー、物語の深層を貫くその法則は確かに存在する。一体誰がその法則を作ったのかは不明だが、その法則に最初に気づいた人物なら正確に名指すことが出来る。その人物とは神話学者ジョーゼフ・キャンベル。キャンベルは、「千の顔を持つ英雄」という著作の中でその法則を緻密に書き表している。キャンベルの提示した法則を理解すると、いかに膨大な物語がこの法則に適合するかに驚愕するであろう。

ヒーローズ・ジャーニー

この法則は実は、私たち一人一人の生の流れを深く理解するためにも適用することができる。このような方法論は「ヒーローズ・ジャーニー」と呼ばれ、一時期カリフォルニアの心理学フィールドでちょっとしたブームになりかけたが、キャンベルの他界と呼応するように下火となった。現在コーチングの世界で、再びこのコンセプトが復活の兆しを見せているようである。

ヒーローズ・ジャーニーをコーチング的な文脈で位置づけるとなると「深層コーチ術」とでも言えるかもしれない。コーチは、従来のコーチングよりも意識のより深い層に目をむけざるを得ないためである。それは人々の意識の深層に息づくその人固有の物語であるパーソナル・ミス(個人的神話)の発見のためのノウハウである。

現代社会における方向性や生きがいの喪失といった状況に対し、「深層コーチ術」は有効に働く。このプロセスを通し、自らの存在意味の深層に触れることができると、人は自らが瞬間ごとにかけがえなのない時間を体験していることを実感するようになる。このプロセスを通し自らの生きる時間に対し真の意味で尊敬を払うことを学ぶことになる。

エリアーデの指摘を待つまでもなく現代人の意識の深層にはおびただしい数の神話が未だに息づいている。時代がいかに変化しようとも、人々の生の流れはこうしたヒット映画の深層を流れる神話的モチーフと似通った構造を持つ。人々の意識の深層に息づく神話的構造と類似した構造を持つ映画は広く受け入れられやすい。ストーリーの背後に流れる神話的リズムの響きが聴衆の意識と共鳴するためだ。

パーソナル・ミス
多くの人はそのことに気づかぬままに生きているとはいえ、深層に神話的モチーフを潜ませたストーリーはいつの時代も人々の心を捉えてやまない。ヒーローズ・ジャーニーのプロセスの目指すものは、例えば人々が映画を観ることを通して無意識に行っていることを自覚的に現実生活の中で実践することにあるといってもよい。そのプロセスを通し、人はパーソナル・ミスを発見し、創造的に描きそれを生きるようになる。

パーソナル・ミスの発見と創造の試みはおそらく何度でも形を変え復活するに違いない。実際のところ文学も芸術もこのパーソナル・ミスの発見という試みと緊密に結びついているのである。人は生きることを通してパーソナル・ミスを描きつつ発見していく旅の途上にいるのである。

ヒーローズ・ジャーニーはそのことに意識的になるための方法論のひとつに過ぎない。無数の神話や物語を貫く共通の法則に照らし合わせながら自らの生の流れを辿るうちに、人は自己の最も卑小な部分と最も崇高な部分の両方に出会う。さらにはそれまで気づくことのなかった自分の人生を貫くテーマ、自分と世界との関わり、自分自身そして世界のはらむはかり知れない可能性、奥深さを垣間見る。時には自らの人生を貫くプロットの緻密さに驚嘆するかもしれない。
生の流れの深層を貫く神話的リズムに自覚的になることは、忘れていた大文字の物語と結びつく大文字の自己感覚を回復することに他ならない。大文字の自己感覚と結びついた瞬間の感覚を表すのに「感動」や「至福」という言葉しか見つからないのはあまりにも惜しい。

ジャーニーを通し、自分が理解していた社会的アイデンティティ以上の大いなる自己の感触を得た人は、世界と自己を強い絆で結びつけるその感覚こそが自らの生を有意味なものにしてくれることを確信する。社会的アイデンティティと神話的アイデンティティという複眼的なまなざしを獲得した人は、自分の社会における役割と重なり合うように生起する奥深いプロセスを感知するようになりそれを社会の中で表現するようになる。

そのとき、人はもはや自らの人生の意味を問う必要のなくなった自分を発見するに違いない。彼は自分のオリジナルなストーリーを描くために生きるようになる。

その時、人はゆるぎない確信と共に悟るに違いない。

そう・・・。自分の人生には自分が想像していた以上の豊かな意味があったのだ、と。

                                             2006、1、17




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