伊藤雄二郎のさわやか系心理学






1 希望の生まれる場所

ゲーム脳の恐怖
 ゲーム脳という言葉をご存知だろうか?これは日本大学の森教授の造語で、コンピューター・ゲームを何年も続けてきた人に特有の脳の状態のことである。教授の研究によると、毎日長時間ゲームをしていると、前頭前野から検出されるはずのβ波がほとんど出ない状態になるという。前頭前野とは、創造性や理性を司る領域である。人間らしさに密接に関わる部分ともいえる。ゲームのやりすぎは、この前頭前野の働きを低下させてしまう。そのためゲーム脳の子どもは感情のコントロールがきかず、キレやすくなったり、忘れ物がふえたりするという。ゲーム脳の人のβ波は、痴呆症のお年寄りよりも、さらに低いという恐ろしいデータまであるという。
 
 この記事が新聞に掲載されたのは、2003年の1月27日。その後、この問題に関する有効な対策について、耳にすることはなかったが、今年、つまり2004年の1月3日付けの新聞にこの問題と関連する興味深い記事が掲載されていた。この記事によると、リンゴの皮を剥く動作が、脳の前頭前野の働きを活性化するのだという。どうやら危険な刃物を扱いながらりんごを動かして皮を剥くという複雑な動作が、前頭前野の働きを活性化するらしい。この記事は、ゲーム脳問題を考えるうえで、貴重なヒントを与えてくれているように思う。  

 実際このところ、子どもを持つおかあさんたちから子どもたちがゲームに関心を示して困っているという相談も増えてきた。家でゲームを禁止しても今度は友達の家でゲームに興じてしまうのだという。こうしたおかあさんたちにとって、ゲーム脳という言葉自体がなおさら不安をかきたてる素材となるであろう。彼女たちは、子どもたちをどうやってゲームから遠ざけるかということに心を砕くが、子どもたちからゲームを取り上げれば問題が解決するというほど事は単純ではないはずだ。

 この問題をきちんと考えるために、まずゲームのやり過ぎが、子どもの脳波に影響を及ぼし、その結果キレる子どもが増えているという単純な因果論から子どもたちを解放しよう。ゲームと子どもたちの行動を因果論で結びつけるのなら、ゲームをやっても脳波に影響を受けない子どもたちにも注目すべきなのだ。問題はゲームそのものより子どもたちが、デジタル的刺激に溢れたバーチャルな世界に閉じこもり、アナログ的刺激に満ちた現実から遠ざからざるを得ない生活環境の方にある。ゲームという限定された要素だけに注目していても、解決の糸口は見えて来ない。

アナログ的ゲーム
 子どもたちの内面を育むのは、有機的につながる日々の生活のこまやかな細部の積み重ねである。その中にはもちろんゲームも含まれるが、それはあくまでも彼らの生活の一部である。そこからいったん我々の視点を解放し、子どもたちを取り巻く環境の激変という視点からもう一度彼らの生活全体を見直すことで、解決の糸口が見えてくるかもしれない。例えば子どもたちは、生活の中でりんごの皮を剥くと言う動作に代表されるような作業を経験する機会が与えられているだろうか?それが私たちが注目すべきポイントである。もちろんリンゴの皮向きを励行すれば事が解決するというほど能天気な話をする気はないが、まずはリンゴの皮を剥く動作に含まれる要素を抽出してみよう。

1、 ある程度のリスクと緊張感を伴う作業。
2、 有機体に触れることで、手の触感を十分に駆使する。
3、 手を滑らしたり手を切ったりという予期しない事態の勃発する可能性。
4、 生活に密着している。皮がむけないとリンゴが食べられない。
 
  こうして考えながら、僕はあらためて自らの恵まれた少年時代を思い起こしてみた。その頃はりんごの皮剥きにかぎらずあらゆる事がこうした刺激に溢れていたからだ。僕の子ども時代には、まだコンピューター系のゲームは登場しておらず、室内で行うゲームといえば、トランプとかすごろくといったアナログ的な代物であった。中学の頃、紙で作った麻雀を学校に持ち込み、教室の隅で密かに紙麻雀に興じていた連中もいた。当時、紙麻雀といえば、健全な中学校生活のための必須アイテムだったのだ。

 高校を卒業する時期になると、麻雀はさらに重要な地位を獲得するようになる。僕の友人にもバイトの代わりにギャンブルで得た稼ぎで日々をしのいでいたヤツもいた。彼はギャンブル負けた日にはごはんが食べられない。したがって、負けた日には部屋にこもって座禅を組むのがお決まりだった。すると空腹を忘れ、その夜は眠ることができる。そして座禅の効果か、次の日にはほぼ間違いなく勝利をおさめ食事にありついていた。

 負けたら明日はないかもしれないという緊張感が、潜在能力を引きだしギャンブルの技量はいやでも磨かれる。共に雀卓を囲むメンバーの中に怖そうなヤクザ風のお兄さんが混じっていたりすると緊張感はさらにアップする。そのうえこうした現場では、負けた腹いせに麻雀パイを投げつけるヤツはいるわ、雀卓をひっくり返すヤツはいるわで、予期しない事態の勃発がつきものだった。もはやりんごの皮剥きどころの騒ぎではない。かつてはたかがゲームといえども生な現実に直結していたのだ。

 僕の個人的な友人で大学講師のK氏は、最近12年ぶりで麻雀をやったという。さすがにそれくらい時間が経つと、勘も鈍るのか、昔は手触りでパイをすべて言い当てるいわゆる盲パイが出来たのだが、今はどんなに触ってもまったくわからなくなっていたという。ところがゲームの本番が始まるやいなや盲パイどころかメキメキと昔の勘が蘇り、雀荘に勤める自称「雀鬼」学生らを全員撃破してしまったという。やはり修羅場を踏んで体で覚えたことは、簡単に失われるものではない。それこそ野生の知の醍醐味である。

子どものための雀荘構想
 麻雀もコンピューターの画面を相手にやっても大して面白くないし、実際の場面で要求される能力は磨かれない。例えば盲パイひとつとってみても、デジタル化できない感覚に基づいた能力である。こうした微妙な感覚をいかに磨いていくかというのは今後、子どもの教育から生涯教育にわたっての大きなテーマとなってくるに違いない。今の子どもたちには、こうしたアナログ的な知性を養う場を提供する必要があるのかもしれない。そこで僕は「子ども向け雀荘」という構想を練ってみた。そのキー・コンセプトは、「現代人は安全な空間に引きこもることで自らに備わったポテンシャルを腐らせるという大きな代償を支払ってきた。人が生きていくうえで出会う予測しない事態に向き合ったときに発揮される対応力を養うには、ある程度の危険と遭遇する準備が必要である」というものである。

 したがってそこは子ども向けの場とはいえ、本来の雀荘のあるべき姿を忠実に再現している。当然ヤクザ風の怖そうなお兄さんも控えているし、水商売風の化粧の濃いおねえさんもいる。そこで子どもたちは、ルール違反やイカサマをしでかすとどんな恐ろしい目に遭うかを身をもって体験する。こうした遊技場で鍛えられた子どもたちは、バーチャルなゲームに浸っている子どもたちよりはるかに健全な社会感覚を身に付けると思うのだが、いかがだろうか?
 
 子どものための雀荘構想の実現化は、困難が予想されるが、デジタル的刺激とアナログ的刺激の配分という視点は、今後教育現場のみならず我々の生活環境においても重要なものとなってくることだろう。子どもの世界のみならず大人の世界もデジタル的刺激に占領されつつありそれが様々な問題の原因となっていることが、これからもっと意識化されてくることが予想されるからである。

ロジカル・シンキング、クリティカル・シンキング、図解発想法などなど。ビジネスマンの間で流行しつつあるこうした発想法は、一言で言うと思考プロセスのデジタル化の試みとして位置づけられる。コンピューターの発達に伴い、人間の思考のプロセスをデジタル化しようという発想が流行るのもうなずける。こんな時代に敢えて数値化できない感覚的領域の活性化の重要性を唱えると、時代に逆行していると受け取られかねない。だが、先の予測を立てづらいこれからの時代をサバイブしていくために大切なのは、アナログ的な感覚に裏打ちされたデジタル的知性であることを敢えて強調しておきたい。コンピューターは所詮プログラムの範囲でしか答えを出せない。予期せぬ事態に対応可能なのは、決してデジタル化できない人間の英知だからである。

現代の寺子屋
 こうしたことに自覚的な場も少しづつではあるが、現れつつあるようである。例えば、僕が週のうちのほんのわずかな時間だが、子どもたちに国語を指導している国語専科教室は、子どもも大人もしばしの間デジタル的刺激から解放され、アナログ的刺激に浸れる現代では珍しい空間である。現代の寺子屋とも呼ばれるこの教室で使われる筆記具は鉛筆だし、何よりたくさんのファンタジーや、物語が用意されている。

 ここでは授業の時間内で子どもに必ず本を読ませる時間を持たせることになっている。「もう時間だよ」と声をかけても、顔をあげないほど本に夢中になっている子どものそばにいる時間が僕は好きである。彼らには時間などなくなってしまったかのようである。このとき互いの息遣いが感じ取れるほどそばにいる大人の存在が,彼らのイメージを育む触媒として働く。こうして生な息遣いによって育まれた、イメージはその何年も後になって具体的な行動として現れる可能性を宿した種子となる。
 現代において未来への希望が生まれる場所があるとしたら、例えばこんな場所に違いない。
                                                          2004.11.4
  ※NTMU(発行:NPO法人れんげ舎)「伊藤雄二郎の笑える心理学」より転載
    れんげ舎 http://www.rengesha.com/ 



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