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伊藤雄二郎のさわやか系心理学

17、 蘇る神話的ビート、パート6・・・桃太郎の深層

科学時代の袋小路

21世紀、日本。人々は何を頼りに生きていけばいいのかという基軸を喪失しつつあった。近代以降急速な発展を遂げた科学は、神話としては十分に成熟しきれていなかったため、生の根源的な意義に対する人々の問いに対して応えることはできなかった。この世に生を享けたという事実。その事実の持つ深みも重みも科学という名の神話の前では均質化されてしまうかのようだった。

内面に巨大な空洞を抱えた人々は新しい神話を切実に必要としていた。

桃太郎の誕生秘話
というわけで今日のテーマは「桃太郎」である。

先日「トリビアの泉」という番組で、桃太郎にまつわる思いもよらぬ事実が明らかにされていた。なんでも桃太郎は桃から生まれたのではなく、桃を食べて若返ったおじいさんとおばあさんの間に、生まれた子どもだというのである。
明治20年に「桃太郎」を国定教科書に載せるためにそのくだりをカットして“桃から生まれた”ことにしたというのが事実だとのこと。

桃のシンボリズム
この番組では、なぜ桃を食べると若返るのかという点にまでは触れられていなかったが、どうやらこの問題は桃の原産国中国にまでさかのぼるようである。中国では、桃を不老長生の果実とし妖気邪気を払う魔除けだとする信仰がある。桃の節句(ひなまつり)の行事なども、こうした風習と結びついたものである。
俗世間を離れた別天地を意味する「桃源郷」という言葉にも「桃」の一字が冠されていることからもわかるように、「桃」は仙道的コスモロジーと結びつくエロス的なパワーのシンボルでもあるようだ。

桃太郎に見る英雄神話の構造
国定教科書に掲載されるにあたり、そうした仙道的なエロスを感じさせる部分は改変されてしまったわけだが、それでも英雄神話の原型は損なわれていない。
そのため桃太郎のお話は日本人にとって古今東西の英雄神話に共通する基本構造を理解するうえで恰好の素材である。
キャンベル自身の著わした英雄神話にまつわるテキストは、神話学や深層心理学のバックボーンのない人にとってはいささかとっつきにくい内容である。
しかし桃太郎のお話を神話学的な図式と照らし合わせながら読み解いていくと、多様なヒーロー神話に共通する構成要素も案外すんなり理解できるはずである。

では、桃太郎の神話学的分析に入っていくことにしよう。

1、 平和な眠り

桃から生まれた桃太郎は、(本当は、桃を食べて若返った夫婦の間に生まれたわけだが、その問題はここでは問わない)すくすく育ち、気はやさしくて力もちの若者へと成長していく。

ほとんどのヒーロー伝説において、冒頭の部分ではヒーローは平和なまどろみの中にいる。王国は平和であり、村は秩序が保たれている。そこへ何がしかの問題が発生する。

2、  コール・トゥ・アドベンチャー・・・冒険へのいざない(召命)

そのころ、鬼が島の鬼たちが、村中をあらしまわっている。
村の人たちは 弱りはてる。


天国はいつまでも続かない。平和な村にも何かしら問題が勃発し、ヒーローは冒険へといざなわれる。

3、 旅立ち

ある日、桃太郎がいう。

「鬼が島へ 行って、鬼どもを 退治してきます」
おじいさんは、びっくりしていう。
「いくら 力もちだといっても おまえは まだ こどもだ」

多くの英雄神話においては、ヒーローは初めからヒーロー的なわけではない。何度かコールを拒絶したり、ためらったりというのがありがちなパターンである。その点、桃太郎は初めからヒーロー的であっさりとコールを受け止める。止めに入るのはおじいさんの役割りとなっている。
おばあさんは桃太郎の好物のきびだんごを作って桃太郎を応援する。

4、 同伴者、ヘルパーとの出会い

旅の途上、桃太郎は、犬、さる、雉という同伴者(ヘルパー)に出会う。桃太郎は、彼らにきびだんごを与える。その代わりに彼らは桃太郎の旅に加わる。

神話的世界においてヘルパーは、当然何かを象徴している。犬、猿、雉についても諸説入り乱れているが、犬は、忠実な同伴者。猿は智慧。最後に現れた雉はヒーローも含めた全体を見渡す高い視点と見るのがオーソドックスな解釈だろうか。

他にも複数の解釈があるが、面白いのが十二支の並び方を軸にした解釈である。十二支を円形に並べたとき、犬、猿、鳥と向かいあうのがねずみ、牛、虎である。ねずみは鬼の鋭い牙を、牛は鬼の角を、虎は虎の毛皮でできた鬼の衣装を象徴する。したがって鬼と対抗するために、ねずみ、牛、虎と対面する位置にいる、犬、猿、鳥が現れたとする解釈である。

うーん、深すぎるぞ桃太郎。

いずれにせよ、ヒーローが旅を続けるとどこからともなく現れるガイド役に助けられるというのは、ヒーローズ・ジャーニーの定石通りである。

5、境界線越え

桃太郎一行は鬼が島を探し、船に乗って海を渡る。

ヒーローは、旅の途中で日常世界と異界とを隔てる境界線を越える。桃太郎においては、海を渡ることが、桃太郎一行が、日常世界のエッジ(縁)を越えたことを暗示している。エッジの向こう側の世界は、日常世界とは異なる秩序によって統治されている。深層心理学的には、境界線のこちら側が意識、向こう側が無意識の世界として位置づけることができる。

6、 闘い、そして勝利

桃太郎は、同伴者である、犬、猿、雉に助けられながら、鬼と闘い見事勝利をおさめる。

闘争のモチーフは、あらゆる英雄神話に現れる。

7、宝物の獲得

鬼たちは勝利した桃太郎に宝物を差し出す。

闘いに勝利したヒーローの身には何がしかの変化が起きる。
宝物の獲得か、一寸法師のように「変容」するか、あるいは結婚という形で「結合」のモチーフが現われるか。いずれにせよ、闘いの後にヒーローの身に何らかの変化が生じるというのは、ヒーロー神話の定石である。

8、 帰還

桃太郎はおじいさんとおばあさんのもとへ帰還する。


闘いを終え、宝物を手に入れたヒーローは、再び、生まれた土地へと帰還する。

以上が桃太郎の物語に沿って振り返ったヒーローズ・ジャーニーの基本構造である。

ヒーローズ・ジャーニーに繰り返し現れる、チャレンジ(試練)やメンター(賢者)の導きといったモチーフは桃太郎には現れないが、基本構造は普遍的なヒーローズ・ジャーニーの原型とぴったり一致している。

キャンベルが明らかにしたヒーローズ・ジャーニーの図式はもう少し複雑で詳細だが、基本ラインは桃太郎をベースに押さえておけばほぼ理解できる。
物事を判断する際の基軸が失われつつ時代に、神話学的視点を役立てようとする場合、あまり展開が複雑になっては道に迷ってしまう。

やはり誰もが知っている桃太郎のようなシンプルな物語をベースに基本を押さえるのが最短の道であろう。

ヒーローズ・ジャーニーとパーソナル・ミス
基本が押さえられたら次のステップは当然、応用である。
ヒーロー神話と自分自身が実人生で歩んできた道のりを重ね合わせるように読んでみること。そうすることで、人は自分がどのようにして自分自身の物語を織り上げてきたかをよりよく理解するためのヒントを得ることができる。さらに未来に向かって自分がどのような物語を編み上げていくかについての道しるべとなってくれる洞察も得られるのである。

それにしても・・・。

物語の世界というのは一筋縄では行かないものである。
光と闇が複雑に錯綜しながら織り上げられていくのが、物語の世界である。
善と悪、光と闇といった二分法で割り切れない深みが物語りの世界にはある。

生命の本質はデジタル的ロジックよりもイメージで語られるアナログ的物語により近い。

ロジカル・シンキングの信奉者の方たちには申し訳ないが、生きることの深みを理解するためには、人は安全で答えのはっきりしたデジタル的世界を越えてその奥にあるイメージやシンボルによる思考を学ぶ必要があるようだ。


                                         (2006,1、26)


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