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伊藤雄二郎のさわやか系心理学

16、蘇る神話的ビート、パート 5・・・映画の深層に息づく神々の物語

神話学と映画産業

ジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』三部作の製作にあたり、捜し求めたあげくに遭遇した智慧の宝庫。それはジョーゼフ・キャンベルが今から半世紀も前に著わした『千の顔をもつ英雄』というテキストであった。『スター・ウォーズ』には、キャンベルが解き明かした英雄神話の基本構造の秘密が見事に反映されている。

『スター・ウォーズ』だけではない。ヒット映画のシナリオの展開のパターンの90パーセントはキャンベルの発見した基本原理で解読できるという説もあるくらいである。90パーセントという数字の真偽のほどは判定が難しいが、実際ヒットした映画を分析してみるとそのほとんどがキャンベルの示した図式と符号するのには驚かされる。

キャンベル自身もまさか自らの研究成果が、エンターテインメント重視の映画の世界でこれほど利用されるようになるとは夢にも思わなかったに違いない。神話学と映画産業の出会いは思いもよらぬ文化の誕生の契機となった。

現代社会においては、異なるフィールドの住人たちは異なる文法にしたがって異なる言葉を話し、異なる周期にしたがって生きている。神話学と映画産業。異文化同士の遭遇を可能にしたのは、神話の力である。神話のイメージと神話的ビートが、異なるフィールドに生きる人間同士を結びつけたのだ。

人々が共有し得る神話のイメージには、民族の違いや文化の障壁を越える力が宿っている。

スクリーンの向こう側
映画館の薄暗い空間で、際限なく提供される映像を消費してきた人々。彼らはスクリーンの向こうに何を観ようとしていたのだろうか?彼らは映画館に足を運ぶことでスクリーンの向こう側に息づく神々の物語に耳を傾けていたのかもしれない。

ある意味日本の大衆はそうとは知らずにキャンベルの神話学の恩恵を間接的にこうむってきたといえる。もちろんキャンベルは映画産業のために神話の法則を明らかにしたわけではない。だが映画が神話の原典に代わり、神話のイメージを現代人の意識に送り込むのに一役買ったのは間違いない。
映画という形での商品化の過程で神話的要素が、歪められ、矮小化されても深層に息づく神話的ビートまでを殺すことはできない。

 

復活する神々の物語

スクリーン上で展開される絢爛豪華な物語の深層に息づく神話的ビートはわずかずつではあるが、人々の意識を変容させてきた。テクノロジーが発達し、人間が「世界」から切り離され神々の物語がバラバラに分断され矮小化されようとも神話はその潜在的な力で蘇り、驚くべき生命力で目をみはるような変貌を遂げて復活する。人間は人間であるかぎり、何らかの形で神々の物語との触れ合いを必要とする生き物なのだ。
神々の物語はまだ死んではいない。

キャンベルの示した原理が人類にとって何かしら重要なことを伝えようとしていることに、うすうす気がついている人々は少なからず存在する。人類規模で捉えるとそうした人たちはまだまだ少数派であるとはいえ、その数は確実に増えつつある。

生前キャンベルは、人類が自らの神話を再創造する時期が近づいてきていると確信していた。
「もうすぐ地球規模の新しい神話が現れる」それが晩年の彼の口ぐせだった。

 

地球規模の神話の再編

スクリーンの向こう側で息づく神話的ビートに胸を高鳴らせていた人たち。

彼らが自らの夢をスクリーンの上のヒーローに投影するのをやめ、自分自身の内なるヒーロー像を自覚的に生きるようになったら・・・。

キャンベルの言う地球規模の神話の再編が現実のものとなる可能性はある。

神話の再編のために求められることは、スクリーンの向こう側に息づいていた神話的ビートを私たちの日々の暮らしの中に復活させることに他ならない。

神話的ビートの復活の鍵は、意識の深層に息づく自らのパーソナル・ミス(個人的神話)の発見にある。

                                             (2006、1、23


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