笑いの宅急便 バックナンバー5



  2 笑いのシンフォニー

腹の底から笑えてますか?
心理学の視点から笑いを撃つ








第23便 アサジョーリの心理学

アサジョーリ以降

西洋の心理学も
意識の階層構造に気づき

多様な意識レベルを
縦断的に俯瞰する
意識のモデルを模索し始めた

だが実はアサジョーリの見ていた世界は
きわめてモデル化が難しい

それは螺旋階段のようなもの
上昇、あるいは下降するにつれて
目に映る景色が変化する

このような
立体的なビジョンを描くには
豊かなイマジネーションが必要である

スペインの建築家
ガウディは、
未完成の建築そのものの中に設計図を遺していった
設計図は紙に書かれてはいない
だが建築を作り上げる工程が進むにつれて、
次の作業工程が見えてくる
設計図は、作業を進めるにつれて
少しづつ手に入る

アサジョーリは、
ガウディ同様
未知の建築物をこしらえた
この建築物を完成させるには
自らの足でこの建物の中に足を踏み入れ
一歩一歩、歩みを進め
自らの手で建物を作り上げていく以外に
道はない

まずは土台から
言葉を磨き、イメージを働かせ・・・。

思考、感覚、イマジネーション、直観
こうしたひとつひとつの機能を
丁寧に吟味し
磨き上げ
活用することで
設計図が少しずつ手に入る

こうした作業を繰り返すうちに
やがて建造物の全体像が
少しずつ見えてくるに違いない

そんな期待を抱きながら
ある日、一人の男が
サイコシンセシス(統合心理学)関連の文献を読んでいた
その時彼は、とんでもないフレーズを発見し
度肝を抜かれたという

人間が発達させ得る
数多くの未知の可能性が
羅列してあるそのページ

そこには確かにこう書かれてあった
“Cosmic Humor”(コズミック・ユーモア)
宇宙的スケールを持つユーモア???

本気だろうか?
それともジョーク?
どっちにしてもなんだかスゴイ

サイコシンセシス(統合心理学)を理解し実践していくには、
途方もないイマジネーションと
想像を絶するスケールの
笑いのセンスが要求されるようである
                                                                                      2005.2.22
                                     24便につづく

第24便 笑いの太陽神話

道端に春の植物が芽を出し始めている、今日この頃

今日のお題は
サイコシンセシス(統合心理学)の語る
「宇宙的スケールのユーモア、笑いは存在し得るか?」
である。

実はこの問いに対する回答は、はるか昔にある民族が提出している。

その民族に太古の昔から伝えられている神話は語る。

ある日、この世に光をもたらす
太陽の女神アマテラスは
ある事がきっかで
天の岩戸と呼ばれる岩窟に引きこもる

アマテラスの光によって
封印されていた
妖神のエネルギーが
天にも地にも解き放たれ
世界は闇に覆われた

そこで一計を案じた天の神々は
太陽の女神を呼び戻す
セレモニーを開催する

そのとき
アメノウズメは、
胸元を露出して
裳紐をほとに垂らして踊ったという

これを見た
八百万の神々は
高天の原をどよめかせての
大爆笑

アマテラスは
石屋戸から
帰還して
世界は光と秩序を回復したという

それがこの民族にとっての
笑いの起源だという

なんとまあ・・・。
神々がストリップまがいのショーを企画して
それを見て大笑いするとは・・・。

なんと大らかで
陽性な神話なのだろう

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏経、ヒンドゥー教・・・
いかなる文化圏を探しても
これほど破天荒で、陽気で、大らかな神話を語る民族は見当たらない

ほとんどの国の神話における最高神は
敵を容赦なく滅ぼし
罪を厳しく追及し
過酷な罰を与える
怖れるべき存在として語られる

一方、この国の神話で
語られる
神々の大らかさ、慈悲深さは
世界的にも類を見ないほどである

この国の民にとり
笑いは、世界に光を回復させる
呪術なのだ
彼らは笑いに備わっている
邪霊を払う力の秘密を知っている

西洋の心理学が
このところ
ようやく笑いセラピーの
侮り難い力に気づき始めたというのに

太古の昔から
笑いに対する
これほど深い洞察を備えた民族とは
一体、どれほど深みのある文化を育ててきたのだろう?
彼らの文化は今も
宇宙的スケールのユーモアを基に形成され
人々は日々、大らかな笑いと共に生活しているのだろうか?

出来ることなら
この神話を語った民族の
末裔たちと語り合ってみたい
その願いが叶えば
サイコシンセシスの体系は
より完成に近づくのだが・・・

これほどに
突き抜けた
笑い神話を背景に持つ民族なら
サイコシンセシスのエッセンスを理解してくれるに違いない

もし、アサジョーリが生きていて
日本の神話に触れる機会があれば
そんなコメントを発したかもしれない
                            2005.2.24
                           (25便に続く)

第25便 アマテラスとスサノオ

 アマテラスは天の岩戸にこもりながら
 何をしていたのだろう?
 伝聞によれば、彼女は
 ひたすら鏡を磨いていたという。
 
 鏡は内面の象徴。
 女神であるアマテラスがそれ以上内面を磨いてどうする?
 というような性急な突っ込みを入れてしまうと
 そこに込められた深い寓意を取り逃がすことになる

 突っ込みのタイミングを間違うと
 笑いは表面でとどまりその場で消費されるだけ
 
 21世紀の笑いは
 神話の世界にもより更なる進化と深化をもたらすことを志向する
 さらなる浸透力と永続性を備えた笑いを求めるなら
 突っ込みのタイミングについてはくれぐれも慎重に
 事の本質を捉える油断のない構えを崩さないことが肝要である
 その姿勢が我々を笑いの新しい段階に導いてくれるに違いない

 実はアマテラスの鏡の意味を解読するヒントは
 物語の展開そのものに隠されている
 そもそもアマテラスが天の岩戸にこもるきっかけは
 弟のスサノオの傍若無人な振る舞いが
 度を越したため
 
 あろうことかアマテラスの弟スサノオは
 アマテラスの大切な田の畔(あぜ)を壊し、溝を埋め
 田をメチャメチャに荒らしたうえ
 祭りに使われる御殿に大便をまきちらしたという
 
 そこまでやるか!
 さすがのアマテラスも
 怒り出すかと思われた
 ところがどっこい
 
 世界的にも類を見ない
 慈悲深さを備えた
 アマテラスは、
 これに対し

「大便のように見えるのは、兄弟の神が酒に酔って吐き散らしたもの。田の
あぜや溝を埋めたのは、土地を守るため」

と、徹底した善意の解釈で
スサノオをかばうのだった

ところが
スサノオは、悪行を悔い改めるどころか
ますます激しい暴走を続け
ついにアマテラスが
受容しきれない出来事を引き起こす

ある日スサノオは、
神聖な御殿に
皮を剥いだ血みどろの馬を投げ込み
それがきっかけで
ある女神が命を落としてしまう
 
  そこからアマテラスの
  天の岩戸へのひきこもりが始まり
  天にも地にも闇が訪れる
  
  天の岩戸にこもった
  アマテラスの身に起こっていたこと
  それは自からの内なるスサノオと対峙する
  変容のプロセス
  
  スサノオの悪行に対するアマテラスの
  優しさは
  スサノオを変えることはなかった
  事実をあるがままに照らし出すことのない
  善意の解釈が
  スサノオが事実をまっすぐに見つめる妨げとなり
  結果としてスサノオの悪の力を増長させてしまう
  
  清廉潔白な態度によって
  切り捨てられた
  悪の力は、変容のチャンスを取り逃がす
  
  姉のアマテラスと弟のスサノオ
  彼らは二人で一つの存在
  同じコインの裏表
  
  アマテラスの変容のプロセスは
  清廉潔白なだけの存在から脱皮し
  自分の中のスサノオ的な要素をも受容し得る
  より成熟した存在へと再生するためのイニシエーション

  善意の
  アマテラスに必要なのは、
  善であれ、悪であれ
  すべてをあるがままに映し出す鏡
  
  ひたすら鏡を磨き続ける
  闇の日々が終わりを告げ
  アマテラスが自らの内なるスサノオを
  受け容れたとき
  アマテラスが手に入れたのは、
  美しい手鏡
  鏡に映った
  見慣れぬ女神は
  変容した
  アマテラス自身

  
  神々の笑いは
  自らの内なる闇との対決に勝利し
  世界をあるがままに照らし返す 
  鏡を手に入れた
  アマテラスへの祝福の笑い
  
  それにしても闇との対決に勝利し
  再び光を放ち始めた
  女神へ捧げられた
  セレモニーが
  ストリップまがいの
  ドンチャン騒ぎとは・・・

  アサジョーリなら
  「これこそ宇宙的スケールを持つユーモアの実例です」
  と茶目っ気たっぷりに語ったに違いない。  
                        2005.2.26
                       (26便へつづく) 

※ このエッセイは、神話の世界に詳しい語り部の女性からインスパイアされ
て書いたものです。彼女がこの神話の解釈のための新しい視点を与えてく
れました。オーソドックスな神話研究の立場から見ると笑っちゃうような
解釈=物語の創造かと思いますが、笑っていただければ本望です。謎の語
り部のYさん。いつも素晴らしいインスピレーションをありがとうござい
ます。   

第26便 ストーリー・テリング

この世界についての
より深い洞察を得るために
アサジョーリは
優れた物語を用いての
特殊なエクササイズを考案した

アサジョーリは
ダンテの『神曲』のような作品をテクストとして
この心理学的エクササイズを実践したが、

日本人には日本の神話がふさわしい

もしも、自分がアマテラスの立場にあるとしたら
自分の周囲でスサノオにあたる人物は誰だろう?
彼、あるいは彼女を受け入れられたら自分はどんな風に変化するだろう?

逆に自分がスサノオだとしたら、
アマテラスは誰?
彼女に対してどう接したらいい?

そしてもしも、アマテラスが日本だとしたら
スサノオはどこ?
日本人は彼らに対してどう接したらいい?

サイコシンセシス(統合心理学)では、
そんな風にストーリーと戯れる

真に優れたストーリーは、
私たちに尽きることの無い
新たなひらめきをもたらし
私たちの変容のプロセスを助けてくれる

ストーリーの中に深く分け入ることで
手に入れた新しい視点や洞察は、
消費されるだけの底の浅い笑いとは次元の違う
強い輝きと持続性を備えた笑いへと私たちを導いてくれる
その骨太で生命力に溢れた笑いは
七色の輝きを放つダイヤモンドにも匹敵する
                           2005.3.1
                           (27便につづく)

第27便 笑う神々

アマテラスの神話は
この国においては
女神でさえも
ときにはひきこもるという
思いもよらぬ事実を伝えてくれる

怒りを表に表すことのない
アマテラスは
かたい扉の向こうに
ひきこもることで
自らの怒りを
表した

扉をかたく閉ざし
ひきこもった
女神に対し
外に残された神々は

アマテラスのひきこもりの
原因となったスサノオを処分するでもなく
扉を叩いて
なんとか女神を呼び戻そうとするでもなく
陽気に踊り、笑う道を選んだ

世界が闇に包まれているというのに
お祭りさわぎを始めようというセンスには
世界でも類を見ない
突き抜けたスケール観が漂う

世界に光を呼び戻したのは
女神がひきこもり
世界が闇に包まれたとき

自らの心の扉を閉ざすことなく
陽気に歌い、踊り、笑う
神々の陽性のエネルギー

有り得ない
ありそうにない
物語が
長い年月の風雪に耐え
語り継がれてきた

いにしえの時代から
今に至るまで
笑いという感情に宿る
底力を見失うことのなかった
民族が
語り継いできた神話
それがアマテラスの物語
                           2005.3.4
                          (28便につづく)

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