シルクロード夜話
望月 澄江

世の中には偶然にしては出来すぎということがときどき起きる。
先日伊藤さんの宅急便の神話シリーズを読んで唸ってしまった。というのは、10日ほど前だったかな。個人的に抱えている問題があって、自分がその件について本当のところどう感じているのか知るために、フォーシング的瞑想をした時のことだ。
深夜、自宅の落ち着ける部屋で静かに目をとじて、深く深く心の奥にはいってゆく。
やがて闇のなかに、大きくて真っ赤なりんごが浮かび上がった。そのりんごの中に入ると、緩やかな下り坂になっている。星もない暗闇のなかをどこまでも歩いてゆくと、やがてなにもない荒野にでた。
ねっとりとした闇のなか、魑魅魍魎たちの瞳の色にも似た真っ赤な光が遥か地平のかなたでかすかに揺れている。永遠に日が昇ることもないのだろう。あたりはしんと静まり返って音もなく、わたしの土を踏む音だけがあたりにこだましている。
黄泉の国。
という言葉が浮かんだ。
そして唐突に、黄泉の国っていうのは子宮の中だったのか・・・・と思った。
ふと荒野の真ん中に明かりが見えた。
近づいてみると、それはたき火の炎だった。闇のなかで、その一画だけが生あるものの証でもあるかのように薄い煙が昇っている。
そのたき火の反対側に男がすわっていた。
わたしは無言でたき火の前にすわった。
あらためて赤い炎に照らしだされた男の顔を眺めた。
わたしはその顔をよく知っていた。
「スサノオ」
男は黙って顔をあげた。
たき火にくべた乾いた小枝がぱちぱちとはぜる音が聞こえる。
スサノオはじっと炎を見つめたまま言った。
「ぼくはずっと心を閉ざして生きてきた。伝えたいことは山ほどあった。でもそれを伝えたら、ぼくたちはもう一緒にはいられないのを知っていた。・・・・・君とぼくとは、鳥と魚ほどにも違う。でもそれを理解したくなかった」
彼は泣いていた。後悔でもなく、悲しみでもない。かすかな痛みとともに、はじめて自分の気持ちと向き合ったがゆえの充足感が伝わってくる。なんて長いこと一緒にいたんだろう。彼の心から伝わってくるさざなみのような気持ちを黙って受け止めながら、自分自身の心の動きを静かに眺めているわたしがいる。
「外にでよう」
わたしはそう言って立ちあがった。
彼は首をふった。
「いやだ。僕はここに残る。そうすれば君を失わずにすむ」
「ここはこんなに暗い。外に出れば本来の自分の人生を生きることができるよ」
「いやだ」
「・・・・・・なら、想像してみるだけでいい。もし外にでたら、そこはどんな風景だと思う?」
そう問いかけたとたん、わたしたちは外の世界にいた。
抜けるような青空がどこまでも広がっている。
ふと見ると、目の前に、輝くような女神がいる。
わたしは無意識に一歩踏み出した。
次の瞬間、女神とわたしはひとつになった。
男でもなく女でもない。いや、そうじゃない。
両性具有の晴れやかな気持ちの自分がいた。
――アマテラス。
気がつくと、目の前にスサノオノミコトがひざまづいていた。
すでにスサノオノミコトはさっきまでの泣きじゃくるひ弱でわがままな若者ではなかった。自分の道を見つけ、人生の責任を引き受ける覚悟をもつ男の顔をしている。そう、クシナダヒメを助け、ヤマタノオロチを退治した時のスサノオノミコトはきっとこんな顔をしていたに違いない。
アマテラスは笑いだした。
そしてこう言った。
「おのれの人生を生き、すべきことをせよ」
瞑想はここで終わり。
そうなんです。数日前に自分がした瞑想の内容と宅急便「スサノオとアマテラス」のテーマがダブっていたのでびっくりしつつも、ああシンクロしたなあ・・・・・と思ったわけです。わたしの瞑想のなかではアマテラスとスサノオは姉弟ではなく夫婦になっているけど、対極の存在という意味では同じです。
神話というのは、誰の心の中にもある普遍的なテーマを象徴しているんだよね。
古事記のなかで母恋しさに非道のかぎりを尽くすスサノオは、黄泉の国(=子宮)にとどまりたかったのかもしれない。そこにいれば、いつか本当の母親であるイザナミが幼い自分を見つけてくれるような気がしていたのだろう。
でもそんなことはありえない。
いつまでも子宮にとどまっていたら死産になってしまうものね。瞑想のなかで、わたしはスサノオに象徴される自分の男性性と和解した。誕生した新生アマテラスは右手に剣、左手に珠を持っていた。そしてスサノオノミコトはもはや母親の手を必要としない自立したおとなの男になっていた。
それにしてもスサノオノミコトがアマテラスの前でひざまづいている構図は、なんだか笑ってしまう。いっけん主従関係にみえるけど、ほんとはそうじゃない。ふたりの関係は対等なんだよね。ここを目に見える形だけで判断すると本質を見誤ってしまう。
個として精神的に自立したときに、お互いを信頼しながらも別々の道を歩きたいと思うか、それとも共に歩んでゆきたいと思うかは、ひとによって大きくわかれるところだよね。
すくなくとも、このふたりにかぎっていえば、恋の入り込む余地はないな(笑)。それがわかっていたからこそ、黄泉の国にいたスサノオは抵抗したのかもしれない。
やっぱり神話は奥が深い。
2005.3.3